まあいろいろ思うところはあるしこれだけじゃわからん事も多いのだが、あえて1個ポイントを挙げると、これAさんの作業内容を誰もレビュー出来なかった状況っぽいから、Aさんがブラックボックス化しちゃってたわけだな。要するに「○○さんにしか分からない」という、属人化しちゃった状態だったんじゃないかね。俺も昔そういう立場で仕事してた事があって、まあそんときは仕事が仕事だけにこういう事故とは無縁だったけど、でも俺が会社辞めた時に引き継ぎのしようがなかったR&D成果もあって、それは間違いなく損失だったはずだ。
「他にも十分できる人はいるけど○○さんが一番」と「○○さんにしか分からない」には大きな開きがあって、前者はエース級のスペシャリストが居つつも周囲に技術・ノウハウの伝搬がされていて、後者はエースが1人で踏ん張ってる状態。たまにヒロイックなイメージで後者を格好良く見ちゃう人がいるけど、これ全然ダメだから。トラックナンバー1という極悪なリスク要因だから。そのエースに何かあったらどうすんだよ。
で、もっと嫌なことを書いちゃうと、そういうエースってむしろ組織と共依存関係になってるたちの悪い寄生虫みたいな可能性もあって、長期的に見ればリスクの方が大きいと思っていいんだよな。先に書いたトラックナンバー1問題の他、そのエースに投資した分を全部失うリスクもあるわけだしさ。そういう意味で、前の会社で最後の方の俺って割とダメだった自覚はある。いろいろ諦めていたと言うか、開き直っていたというか。
じゃあどうするべきなのかというと、やっぱスタンドプレーをスタンドプレーのままにしちゃダメって事なんじゃないの。最初は別にそれで走り出しても良い事もあるけど、最終的には周囲に伝搬させないと。でもまあ、それが出来ない状況だったのかもしれんが。何せ10年間もスタンドプレー状態だものなあ。これは一体どういう組織だったのだろうな。
ギターの世界のオカルトも酷い。例えばアコースティックギターなんかだと、ボディの材質とか塗装が音に関わるっていうのは理解できる話だ。極端な例だと、コンクリの壁と木の壁じゃ全然音の反射や吸収の性質が違うわけでしょ。まあ流石にそこまで行かずとも、アコースティック楽器はその辺の影響は無視できない。
でもソリッドボディのエレキギターの場合、電磁誘導で検出した電流をアンプに送って音を出してるんだから、ボディの塗装でそんな影響出たら逆に変というかソリッドボディの仕様を満たしてないだろ。(ボディの振動の影響が大きい=ハウリングが酷い) 塗装を変えて音が変わったなんてのは、プラセボの可能性を除けば塗装をやり直すときに大抵電気系統も一度外して付け直すわけだから、その時の作業の影響を疑った方が自然じゃない? いわゆるラッカー塗装が最高というのも、そんなラッカー塗装をするような高級品は他の部分の作りもしっかりしてるとか、そんな理由じゃないのかね。
他にもオールドPAFに代表されるヴィンテージ信仰とか、そういうオカルトがどんだけギターの進歩にブレーキをかけているのだろうかと思うと頭が痛くなる。
まあ予想されていたことではある。感染症がなんで感染症なんて文字が充てがわれてるかっていうと、こういう事が起こるからなんだよな。例えば料理の時も生肉を切ったあとに包丁やまな板を洗わずに野菜を切って、そんでその野菜を生で食べるなんてのはまずやらないわけだろ。
いや本当に感染症って自分だけの問題じゃないんだから、もうちょいこういう危険性は周知されないとマズい。この点、マスコミは相当非がありそうに思えるな。
アクションゲームにしろRPGにしろ、ゲームそれ自体の経験による蓄積は当然、ゲーム外の蓄積も腕前に影響するよな。例えば格闘ゲームの場合、一般に人間の限界反応速度が12Fぐらいという事を知っていれば、単発ヒット確認可能なヒットストップ及びキャンセル猶予フレームがわかるので、そこでもう戦い方に差が出るわけだな。勿論そういう理詰めで考えずに経験則から導き出してるってのもあって、そっちはゲーム内での蓄積だけど。
昔のゲームの方が難しかったとか言ってる連中は、ゲームの内外で蓄積の不十分だったガキの頃と、今の自分とを比べて言ってるわけだから、あまりアテにならない面がある。昔の方がいろいろいい加減で大らかだったのはそうだろうが、それは結局クリアさせる気のないゲームが今よりはずっと多かったという、難度というよりは品質保証の問題で、昔のゲームの地雷率は今よりずっと高かったと言った方が正解だろう。だからクリアできるように作られたゲームの難度という観点からみると、今と昔でそこまで差があるかというとどうなのかなと思う。今でも時々とんでもない難度のゲームは出てくるし、難しいのが売りのコアゲーマー向けのシリーズだってあるわけだし。
これは最近になって作られたシリーズ作品を遊ぶときにも言えて、「このシリーズは作を重ねるごとに簡単になってる」というとき、自分がそのシリーズを遊んでいる間に得た様々な蓄積と、シリーズの初期作品は難しかったのではなく単に未調整な部分が残っていてそれが理不尽を生み出していただけという可能性を排除しちゃならんだろう。
リピートアフターミー。『やけどは「自傷行為」、または「合意による」と認識したという。』自主退学を求めたのも事実のようだし、大津の事件があった後にこの対応はわけがわからん。どうしてこれが通ると思ったのか?
加害者側と見られる生徒が自主退学しているというのも、なんかトカゲの尻尾切りって言っちゃ変かもしれないけど、そういう印象を受けるのもなんだかなあ。
プログラマーがFizzBuzz書けないというのは、例えばCやJavaのような手続き型言語の場合、if文もfor文も使い方がわかりません、剰余演算子を知りませんって言ってるのとまったく同じなので、それは高度なアルゴリズムの知識があるかどうかなど以前の問題であり、本当に未経験のニュービーでなければ単なる無能だろう。そんな無能にできる仕事というのは、
こんぐらい。要するに、ウンコみたいな現場でしか働けない。FizzBuzz書けたからって偉いわけじゃないけど、FizzBuzzすら書けないのは終わってるということで、そういう終わってる奴のための仕事というのは最終的に全体を不幸にする。
何て事を、以下のブログ記事を読んで思った。
知ってたら解ける問題と、知らなくても解けないとマズい部類の問題を比較してるあたり、なんつーか逆張りしたつもりでしたり顔になってるバカにしか見えんな。
第一、FizzBuzzと同レベルの難度で、ある程度プログラミング言語の基本的な機能を使えてるかどうかちょっくら確かめる問題なんて、それこそ知ってるかどうかの問題にならんように数種類ストックしておくぐらい、本当に足切りに使ってるとこならやってんじゃないのかね。単にその手の問題の代名詞がFizzBuzzになってるってだけで。
ついでに書いとくと、企業の面接でFizzBuzz程度の問題対策にifとforと演算子いくつかだけ覚えてやってくるってのは、実はそれだけで相当御立派。前に勤めていた会社は研修課題の一部をあらかじめWebで公開していたのだが(俺はこれは良い事だと思う)、それを事前に解いてやってくるのは本当に少なかった。なので仮に知ってるかどうかの問題になっちゃったとしても、案外応募者の能力を見るのに使えるケースはあったりするんじゃないか。仮に低レベルな話だとしてもさ。
そういや昔、FizzBuzzでプログラムを書くジョーク言語を作ったなあと思い出したので、ちょっとその記事をリファインした。
あくまでも俺の考えだが、brainfuckなんぞよりもwhitespaceの方が言語処理系作成のお題としては面白いと思う。意外とコンパイラやインタープリタという言葉の指し示すものについて考える材料になってくれるのではないかと。
で、誰でもいいのでプログラミング言語FizzBuzzでFizzBuzzを書くというネタをやってください。俺はもうHit and Blowを1年ぶりに読んで死にかけました。よく俺あんなコード書けたな。(ちなみにツール使ってトランスレートなどというマンチキンはやっていない。)
XMLの実体参照はいろいろとクソだ。
例えば<みたいなXMLがデフォルトで使えると定義しているもの以外はそれ自体クソなDTDで定義せざるをえず、そして常に外部DTDを読みにいくとか普通に考えて使い物にならんだろ。なので特に複数のサブシステムが強調して動くのシステムでは、実体参照のチェックや展開は処理の最後だけで良くて途中はルーズでもいいのだが、XMLはその仕様で厳密な動作をするように求めていたはず。
なのでしょうがねえから、外部DTDを読みこませずにアドホックにDTDの一部をくっつけるみたいな、極めてダサいやり方で乗りきっていたりする。
自営業なら仕事時間とか自由じゃんとか思ってる奴に言いたいのは、アクセルだけでなくブレーキ踏むのも自分しかいないのは相当リスキーだってこと。自宅にタイムカードなんぞないからな。
というようなことを思い出した時に書いておかないと、ついうっかり休日にも仕事してしまい、疲れが取れずに最終的なアウトプットは悪化みたいな事になりかねんからな。そうなってしまったら下手の考え休むに似たりというか、ちょっとダメ過ぎるからな。
でも最近はCatyの型システムやテンプレートエンジンの結構えぐいところでバグ修正したり機能追加したりしてるので、必然的に仕事時間が伸びがち。まあ、一山越えればちょっとは落ち着くとは思うが、その山の高さがねえ……。
LinuxでJackを使おうとした場合に思わぬプロセスがサウンドデバイスを握っていて起動できない事があるのだが、そのデバイスを握ってるプロセスの見つけ方。細かいパラメータは各々の環境で調整する必要があるかも。
$ fuser -v /dev/snd/pcmC*
大抵これで出てくるのはFlashを動かしてるWebブラウザか、knotify4。前者はともかく後者は余計な事しすぎだ。
ペナルティはまともな仕事をするためのインセンティブにはならない。例えば俺の仕事に関連するところだと、バグを出した開発チームにはペナルティなどとやり始めると、決してバグ報告のされない、バグの存在について難癖付けて認めない開発体制が出来上がる。それは個々のチームや開発者にとってはそれが自分の身を守るための最適解なのだが、結果として合成の誤謬になってプロジェクトは破綻する。
というか既にここまで極端でなくとも減点主義的な評価があって、
のどちらかあるいは両方でいじめ問題がさらに深刻化してると考えた方がいいのでは。
いやまあ、昔居た中学校では、明らかに教師が生徒間の暴力を見て見ぬふりしていましてねえ。全治数ヶ月の怪我を負って入院、そんで当然警察沙汰みたいなのにならない限り、まあ明るみには出なかったわけだ。
先に述べた理由により、ペナルティが軽いうちはそれで済むなら面倒事には関わらないだろうし、ペナルティが重ければ隠蔽する。結局は教師に何でもかんでもやらせんのがマズいので、やっぱ学校にマッポ常駐しかないんじゃねえの。いじめって要するにやってることは紛れもなく犯罪行為だし。
しかし「過労で自殺」みたいな従業員いじめといっても過言ではない問題を起こしてる上で学校のいじめ問題に首を突っ込むというのは、やっぱワタミのおっさんって一貫した善意で動いてるけどそれが致命的に間違ってるってタイプだよな。結局そうして辿り着いた方法論が問題ありまくりで終わってんだけど、それに気がついてないし気がつくことがない。自分が正しいって信じちゃってるから。
まあ、そういうのを電波って言うんだけど。
先日妹に「ヘッドバンギングをしながらデスメタルを演奏するといい運動になる。つまりメタルは健康に良い」などと言ったところ、良く分からないクリーチャーを見たような反応をされた。
というわけで(どういうわけだ)「デスメタル健康法」とかいうタイトルに変えようかと思ったが、後悔しそうだったのでやめた。いや厳密には変えてみたが、明らかに朝起きたら「何でこんなタイトルにしたのだろう」と思うのが目に見えていたのでやめた。
以下は最近どころか結構な期間探してるが、売ってるところが見つからないか大ボッタクリの価格でしか見つかってない音楽CDの一部。
90年代以前のアンダーグラウンドだとか北欧のローカルバンドだとかになると、もう本当に見つからない。ダウンロード販売がどれだけ広まっても、その前に発売されて廃盤になった音楽は失われたまま。わかっちゃいるけど納得できない。
明らかにダメなものを「やって明らかにダメな部分が見つかったらその時に指摘すれば良い」「せっかくのチャレンジなんだからあまり冷水をかけるな」みたいに擁護する意見をたまに見るんだが、紐付けないでバンジージャンプするのをチャレンジとは言わないし、やろうとしてるバカが居たらまあ止めるよな普通。だって死んだら元も子もないんだから。他人に「いいこと思いついた。紐付けないでバンジーしたら面白くね? お前やってみろよ」とか言っているのに至っては輪をかけて論外だろ。
何か起こってからじゃ遅いって事は世の中にいくらでもあるわけだしねえ。
| Dog Day Sunrise |
オリジナルはHead of Davidだけど、俺はオリジナルは持ってなくて手元にあるのはFear Factoryのカバー版。リフとメロディは同じらしいけど、ドラムパターンは流石に違うっぽい。なのでカバーのさらにカバーという。この曲を選んだ理由は、ここ一ヶ月ぐらい趣味の時間を世界樹IVに食われてたんでリハビリがてら簡単な曲をやろうとおもったのと、まだまだ8月の後半で暑い盛りなんで「dog day=盛夏、晩夏」ということで。
演奏や歌に加えてミックスも今回はかなりさらっと終わらせた。といっても素人仕事なんで普段とあんま変わらないか。
しかしこれのオリジナルの入ったアルバムがマジで見つからない。流石にボッタクリ価格の中古を買う気も起こらないし、どうしたもんか。
一週間程前からカウントダウンサイトがオープンしていたので続編かと思っていたら、まさかのiPhone/iPad版だったというオチ。なんじゃそりゃ。
作品のポータルサイトがオープンしたわけだから今後も展開は続くのだろうが、なんというかそのオープンで最初に行われたアナウンスがこれというのはねえ。だってここまでの経緯って
なんていうかもう続編を期待するなという方が無理な状況で、いやこれプロモーションの方法としてどうなのよ。カウントダウンサイトなんて見てんのはまず間違いなく既存のファンなわけで、そのファンがやりたいのはDSの2画面をフルに使ったあの独自のゲームなわけで、そこに向けてiPhone/iPad版を宣伝するか普通?
先に書いた通りポータルサイトのオープンという事には違いないので、まだ続編への望みは断たれていないとは思う。それに世の中には
という経緯を辿ったロックマンDASH3というものもあってだな、まあそれよりはマシだ。
最近聴いてる音楽の話でも。
Catyでも採用しているSemmantic Versioningの和訳。素晴らしい。これ以上バージョン番号でくだらん悩みを抱えないためにも、一読する事をおすすめする。
で、「おすすめ」と書いた次の段落で書くのもアレだが、このSemmantic Versioningも完璧なアイディアではないとは思う。例えばライブラリAのある挙動に依存していたプログラムBがあるとする。その挙動が実はバグだった場合かつAの作者が互換性のあるバグフィクスとした場合、パッチバージョンが増加するだけにも関わらずBからすると互換性のない変更になってしまう。バグに依存したコードが間違っているというのはその通りだが、明確なバグなのか曖昧な事もあるだろうし、workaroundを書いた結果予期せぬ相互作用が起こる可能性もある。この辺の線引きが常にできるかというと、ちょっと俺には自信がない。
とはいえ、Semmantic Versioningはバージョン付けのポリシーとしては一番まともな部類だろう。